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生命が蘇る地

新疆ウィグル自治区

第29回-1

昭蘇1

INDEX

  1. 生命が蘇る地【昭蘇1】
  2. 生命が蘇る地2【昭蘇2】
  3. 生命が蘇る地3【昭蘇3】

西天山のカザフスタン国境近くに昭蘇がある。昭蘇は天山に囲まれた盆地で新疆で唯一砂漠や荒れ地がないユートピアである。平均海抜は2018mで広大な草原と雪山に囲まれている。昭蘇は古代漢語で「万物復蘇」(生命が蘇る)の意で天馬と呼ぶ伊犁馬の産地で、春には600㎢に及ぶ菜の花畑が広がり油菜の郷“彩虹の都”とも呼ばれる。昭蘇にはカザフ族、蒙古族、ウィグル族、タジク族など21の民族が暮らしている。哈薩克(カザフ)族には“姑娘追”という伝統の風習がある。青年男女の愛情表現で慶事の時に、女性が馬に乗り男性を追いかける。女性が男性を気に入ればやさしく鞭を打ち、気に入らなければ激しく打つという。カザフ族の始祖が結ばれた時、真っ白い駿馬が現れ祝った故事に因む。天馬の故郷ならではの故事である。其の日、昭蘇の広大な大地は緑の畑の向こうに伸びる黄色い帯のように菜の花が咲き始め、公園にはラベンダーの花が咲いていた。イリは世界のラベンダーの四大産地の一つである。ひろびろとした大地と地平の向こうに連なる山並み。それを見ているだけで昭蘇が「万物復蘇」の地と言われるのもわかる気がする。

旅案内

昭蘇は烏魯木斉(ウルムチ)から879㎞にある。中心部の海抜は2,018m。面積は1.12万㎢で春にはおよそ600㎢の菜の花畑が広がる。東京都の面積の約30%が一面、菜の花の黄色に染まる。天山の雪山と一面の黄色い花のコントラストは壮観だろう。昭蘇の草原に立つ草原石人の歴史は紀元前1,200年に遡るという。石人は昭蘇の春の訪れとともに三千年の間、この風景を見続けてきたのだろう。石人、そしてこの地に花開いた烏孫(ウソン)人の烏孫文化、それは昭蘇の豊かな自然、「万物復蘇」に育まれ栄えた。

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