龍脊棚田と黄姚古鎮

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錦秋の龍脊棚田と黄姚古鎮を歩く

その1.龍脊棚田

雨の桂林の山々は霧に霞んでいた。
桂林から、車で2時間半の山中にある龍脊棚田を訪ねた。

棚田は宋の時代から清代初期にかけてつくられた。まるで正確に定規で寸法を測ったかのように山にカーブを描きながら、標高700mほどの麓の村から千mほどの山の頂まで幅1mほどの段々畑が続いている。稲刈り前の田は霧に包まれ黄金に輝いていた。

棚田のある村には壮族、ヤオ族の少数民族が暮らしている。
ヤオ族は女性上位の社会と言われる。女性は髪の長さを誇り、結婚するまでは布で髪を隠す。髪を黒々と輝かやかすために米のとぎ汁で髪を洗うという。
村で出会った女性はお年寄りでさえ黒々と輝く長い髪だった。若い女性は家の三階で暮らし、男性が女性に会うには家の外に三階まで渡した直径20cmほどの丸太を登らねばならないという。登れて初めて女性に認められるのだそうだ。

花の棚田、水が輝く棚田、雪化粧の棚田を見に再び訪れたい、そんな気にさせる棚田だった。

  • 村で一番古い家、1階は家畜の部屋、2階が住居
  • ヤオ族の民族衣装と長い髪

その2.黄姚古鎮

桂林から広東省に向かう高速鉄道を鐘山西で降り黄姚古鎮に向かう途中、百里水墨画廊という公園があった。そこには桂林で見られる円錐形の山々が見渡す限り続いていた。

桂林の風景は広西自治区のほぼ全域、湖南省や江西省まで広がる風景で広西壮族自治区を旅するとどこまでもその山々が続く。自転車を借りて公園を走ると山裾の村に出た。稲刈り前の金色に輝く畑の向こうに野焼きの煙がたなびきその背後に幾層もの円錐形の山々の景観が広がる。まるでユートピアに導かれていくようだった。

黄姚古鎮は清代に建てられた家々が細い路地に沿って並ぶ趣のある古鎮街だった。黒煉瓦と木造の家は嶺南建築様式と言われ、その一つ、清代道光年に建てられた郭家大院は200年の歴史があり、中庭には二つの円形の門が向き合っていた。
東門楼は清代初年に建てられ乾隆2年の1737年に再建され、300年の歴史を感じさせる門だった。

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