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冬の恋情その2-2
INDEX
- 冬の恋情その2【横道河子1】
- 冬の恋情その2-2【横道河子2】
- 冬の恋情その2-3【横道河子3】
- 冬の恋情その2-4【中東鉄道】
- 冬の恋情その2-5【牡丹江1】
- 冬の恋情その2-6【牡丹江2】
横道河子(ヘンタオホーツ)は東清鉄道(中東鉄道)の建設で発展した村。中東鉄道は1897年に建設開始、1903年に開通した。帝政ロシアにより建設された鉄道である。
東清鉄道はシベリア鉄道のバイカル湖の東に位置するチタより東の部分の名称で、チタから中国東北地方を通りウラジオストックに至っている。中東鉄道開通後、哈爾濱(ハルピン)など中国東北部に30以上の国が領事館を置き、銀行や商業施設ができた。日本の侵略と敗戦後、中東鉄道は長春鉄道となった。
横道河子には1901年頃から1905年にかけ中東鉄道の建設などに従事したロシア人の家が256棟残っている。雪の村を歩いた。家の前に雪ダルマがつくられ、ロシア通りもあり風情のあるロシア風の家々が見られた。どこからかロシア民謡が流れてきそうな雰囲気だった。