開平

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華僑の故郷を訪ねて

1840年~1911年にかけて数百万人の中国人が米国など海外に渡り鉱山で金採掘や鉄道建設、農業に従事し、都会では貿易や飲食業などの仕事に就いた。アメリカ横断鉄道は広東省の江門から米国に渡った労働者の力により建設された。当時、彼らは“売猪仔”(子豚を売る)と呼ばれ、海外で苦役に就く中国人の血と涙と汗を象徴する言葉だった。

広東省の珠江の西、江門市に県級市の開平がある。開平は“華僑の故郷”である。開平出身の華僑(香港、マカオを含む)同胞は百万人近くいると言われる。その開平に「開平望楼」と呼ばれる、故郷に帰った華僑が建てた建物群が残る。

「開平望楼」は1915年から1925年頃、中国と西洋のデザイン様式を取り入れて規模とデザインを競って建てられ、多くが4、5階の鉄筋コンクリート造りである。その数は千を超え、現存する華麗で重厚な建物群は世界文化遺産に登録されている。望楼に登り“売猪仔”と呼ばれながらも苦役に耐え抜いた人々の心に思いを馳せた。

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