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祈りの道を行く
INDEX
- 祈りの道を行く【新都橋の霜の朝】
- 祈りの道を行く2【塔公寺】
- 祈りの道を行く3【塔公草原】
朝早く新都橋から塔公草原に向かった。途中、川の畔に朝靄が立ち込め、畑が霜に覆われた幻想的な風景に出会った。チベット風の農家の傍の大きな木が靄の中で黄色く輝いている。しばらくその風景に見とれていると李白の「秋浦歌」が思い出された。「白髪三千丈 縁愁似箇長 不知明鏡裏 何処得秋霜」(憂いにより白髪はこんなにも長くなってしまった、鏡を見ていてもわからず、いつのまに秋の霜が我が身に降り積もったのだろうか)。李白は放浪の詩人だった。その旅の中で奔放な詩も、現実批判や人生の悲哀、しみじみとした愁いの詩も詠んだ。放浪の中で幾多の別れと出会い、友を送る歌、惜別の歌も多く残している。叔雲への餞別の詩では「棄我去者昨日之日不可留 乱我心者今日之日多煩憂」(私を棄ててゆく昨日という日は留めることはできないし、それなのにまた私の心を乱す今日という日のなんと憂いの多いことか)。「挙杯消愁愁更愁 人生在世不称意」(酒を飲み愁いを消そうとしてもますます愁いは深くなるばかり、人生とは思いのとおりにならないものだ)と詠んでいる。“人生、秋霜烈日の日もまたよかろう”、新都橋の霧の朝はそう思いながら過ぎた若き日を思いださせた。