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天山の峡谷美3

新疆ウィグル自治区

第32回-3

濶克蘇(コクス)大峡谷3

INDEX

  1. 天山の峡谷美【濶克蘇(コクス)大峡谷1】
  2. 天山の峡谷美2【濶克蘇(コクス)大峡谷2】
  3. 天山の峡谷美3【濶克蘇(コクス)大峡谷3】

新疆を旅しているとその神秘さに圧倒される。それをさらに印象づけるのが喀拉峻(カラジュン)と濶克蘇(コクス)である。天山の豊かな水が溢れるコクスの大峡谷から直線でおよそ300㎞も行けば、そこは灼熱のタクラマカン砂漠、広大なタリム盆地である。そんな砂漠の姿が全く想像できないほどにコクスやカラジュンは深緑の草原と豊かな水の世界だった。長安の都から特克斯に嫁いだ皇女はそんな新疆の自然の変化をどのように感じたのだろうか。都を遠く離れた皇女の寂しさを草原の花や草原を吹き渡る風が癒したのだろうか。シルクロードを行く古代の旅人は天山の雪解け水で身体を洗い旅の疲れを癒したのだろうか。船に乗って喀拉峻(カラジュン)湖を巡りながら真っ白い雲と深緑の草原の対比に感動し、ふとそんなことを思った。
コクスとカラジュンがある特克斯は「天人合一」の地と言う。「天人合一」の神秘的な地だから烏孫国が生まれ、易経、八卦も盛んになったのか。あるいは雄大な自然と共に生きる人にこそ霊感が呼び起こされたのだろうか。喀拉峻と濶克蘇はまさに天と人が出会ったところなのだろう。

旅案内

烏孫国の先祖にはいろんな説がある。東イランの民族との説もあるが、甘粛省の匈奴の祖先が伊梨河谷に移り住んだと言われる。烏孫国のあった特克蘇は道教の道家文化が伝わった一番西域で、中国の長い歴史の中で漢民族と遊牧民が最も長く交流を続けた地でもある。漢王朝は烏孫国を支援し、共同で匈奴に対抗する同盟も結んだ。そして烏孫文化と道家文化が交りあっという。都から烏孫国に嫁いだ宮女は果たして遊牧民の文化に馴染んだのだろうか。その舞いや笛の音に遠く都を離れた孤独を癒されたのだろうか。どんな思いでこの大自然に接しただろう。

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