感動中国100 記事一覧
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第46回
神の村トレッキング雨崩、冰湖、神瀑、神湖
雨崩村に行くには飛来寺から山を下り西当温泉のある標高2,535mの西当村に行き、そこから徒歩又は乗合自動車で行く。地道の狭い山道を、土煙を上げ車は走り、1時間ほどで雨崩に着く。徒歩なら1日コースである。車か徒歩か迷ったが歩いても森林の中を行き展望もあまりないとのことだったので車に乗った。もし歩いていたらさぞ土埃で服の中まで砂が入っていただろう。雨崩からの戻りは同じ道を車で戻るか、徒歩なら尼農峡谷の崖の狭い道を1日かけて歩く。
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第45回
長江上流と幸せを呼ぶ山金沙江、梅里雪山
チベットから仏像が飛来したという覚悟南卡扎、別名飛来寺の傍に梅里雪山を真正面に望む観景台がある。飛来寺は梅里雪山の麓の村、雨崩への玄関でもある。朝陽に輝く梅里雪山は日照金山と呼ばれ、それを見ることが出来たら幸運に恵まれると言う。金色に輝く梅里雪山を見たいと思い、まだ暗い中を観景台に行った。既に何人かの日の出を待つ人たちがいた。そして太陽が頂上に射すとその名の通り頂上は金色に輝いた。
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第44回
廬山会議の歴史の地を訪ね五老峰を登る廬山/五老峰
李白は「日照香炉生紫煙 遥看瀑布挂前川」(陽が香炉を照らして紫煙が立ち上っている、はるかに前方には大きな滝が見える)と廬山を詠んだ。廬山には山の上にイギリス租界時代に建てられた多くの別荘が残り、観光施設として活用されて多くの観光客が訪れる。1946年に蒋介石と米国特使マーシャルが国民党と共産党の今後について協議した「国共談判」の地であり、また1959年には毛沢東が中国共産党中央政治局会議を行った、いわゆる「廬山会議」の地でもある。歴史の地を歩き、廬山の東南に聳える五老峰に登った。あいにく中国一の淡水湖、鄱陽(ポヤン)湖は霞んで見えなかった。
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第43回
朝日に輝き雲海に浮かぶ岩峰丹霞山
山に登り日の出と雲海、そして雲の海に浮かぶ岩峰を見たいと思い丹霞山を訪れた。朝早くまっ暗な中、民宿を出発した。始発のロープウェイに乗ったが、何組か大きなカメラを持つ人達がいた。ロープウェイを降りるとグループは散り散りになった。夫々お気に入りの私の撮影スポットがあるようだ。日の出前、赤色砂礫岩の岩峰がまるで海に浮かぶ島々のように雲海に浮かんでいる。しばらくすると雲の上に少し太陽が顔を出すと赤い一筋の線が伸びて岩峰が輝き始めた。そして背後の山の紅葉もさらに赤く輝きはじめる。遠くには街の明かりが小さく見えている。
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第42回
野焼きの煙たなびく桃源郷と嶺南建築古鎮百里水墨画廊/黄姚古鎮
李白の詩に「山中与幽人対灼」(山中で幽人と酒を酌み交わす)がある。「両人対酌山花開 一杯一杯復一杯 我酔欲眠卿且去 明朝有意抱琴来」(二人で向かい合い酒を酌み交わしていると山の花が開く、 一杯、一杯、さあまた一杯飲もう、私は酔ってしまい眠たくなった、君はもう帰っていいよ、明朝、気が向けばまた琴を抱いてくればいい)の詩がある。思いがけずにふらっと立ち寄った“百里水墨画廊”のある鐘山県の村は一杯一杯また一杯の言葉と琴の音がふさわしい村だった。桃源郷の中で 琴の音を聞き、月を見ればどんなに幸せなひと時を過ごせるのだろうか。
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第41回
山を彩る金色の絨毯龍脊棚田
稲を刈る前の黄金の棚田、雪の棚田、田の水が輝く棚田、青々とした棚田、霧がながれる幻想的な棚田。季節により棚田で見る夢も違う。自然をあるがままに受け入れて棚田は代々子孫に引き継がれた。毎日、何百mも山を登り、田を耕す。大変なことと思いながら棚田を見ていると、どこからか“そんなことはあたりまえ、だってもう千年も同じことをしてきたのだから”という声が聞こえたような気がする。今年も棚田は農機具を使わずに人の手で耕やされ、実りの秋を迎えた。その日、龍脊棚田の朝は雲に覆われ、陽が昇ると霧が流れて黄金の棚田が姿を現した。山肌を縫うように曲がりくねってどこまでも続く棚田。だから龍の背と名付けられたのだろうか。
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第40回
華僑の故郷を訪ねて開平
1840年~1911年にかけて数百万人の中国人が米国など海外に渡り鉱山で金採掘や鉄道建設、農業に従事し、都会では貿易や飲食業などの仕事に就いた。アメリカ横断鉄道は広東省の江門から米国に渡った労働者の力により建設された。当時、彼らは“売猪仔”(子豚を売る)と呼ばれ、それは海外で苦役に就く中国人の血と涙と汗を象徴する言葉だった。広東省の珠江の西、江門市に県級市の開平がある。開平は“華僑の故郷”である。
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第39回
四姑娘山、大峰を登る長坪溝/枯樹灘/四姑娘山鎮から大本営ベースキャンプへ/大峰山頂
朝の3時過ぎにキャンプを出発し真っ暗な山道を登る。かなり急な道を登っていると思いながらも自分の足元しか見えず、やっとの思いで頂上直下の4,900m地点にたどりついた。頂上はあいにく雲で覆われていた。あと100mの足が重く登頂を断念して引き返えすことにした。山頂からすぐに氷河が削ったカールが広がり、その向こうに雲海が広がっていた。前を歩くガイドの姿が稜線に見える。まるで孤高の人のように雲を背に浮かんでいる。海抜6,250mの四峰は雲におおわれたまま、ついに姿を見せなかった。四姑娘山への初めての登山で、身近に私の姿を見ようなんて、なんという思いあがり!とすまし顔で語りかけられているようだった。今度はどこかで6,000mに挑戦しようと思い大峰を後にした。
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第38回
仙境の村、党嶺から葫芦海に登る成都賽窄巷子/塔嶺村/葫芦海への登山道/葫芦海
党嶺村から900mの高低差を3時間ほどかけて登り海抜4,200mにある葫芦(フル)海に着いた。途中、出会う人もなく葫芦海は静寂の中で青い水を湛えていた。葫芦海は海抜5,470mの夏羌拉( シャチャンラ)を背景に碧水を湛える秘境の湖だった。夏羌拉は藏(チベット)語で“美女神仙”と言われる。きっとそこには仙境を守る美しい女神がいるのだろう。夏羌拉は四川省にある大雪山系中の党嶺山脈の主峰で、党嶺山脈には海抜5千m以上の山が28ある。麓の蔵族の人たちにとって葫芦海は聖湖で、信仰の対象である。